2025年1月31日金曜日

経験のリターンはジワジワ返ってくる

以前書いたように、中欧の旅が終わった後、なんかテンション上がらないというか「こんなもの?」という感触があったが、その後日本で生活して「やはり旅はやっただけのことはあった」と感じる(※1)。

私は、頭の動きのタイプ的に、一瞬で全てがわかるタイプではなく、ジワジワわかってくるタイプだということとも関係しているかもしれないが、(投資としての)経験のリターンはジワジワ返ってくる。 金融投資で一晩で金持ちになろうとしてはいけないのと同じで、一晩で賢人になろうとしてもいけないのだろう。 投資と同じで、経験も色んなところに張っておくと、その後の人生で一定割合で別の経験と結びついてくる。結びつかないものもあるだろうが、それはもう仕方ない(1つ前のエントリにも書いたけど100%の効率で生きることは出来ない)。早めに経験を積んでおけば、残りの人生の期間で色々絡まってくる期待値は上がる。 全てが効いてこないとしても、自分の経験になりそうなこと、ためになりそうなことを、一つ一つやっていかないとね。

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余談だけど、旅の準備で、相当地図を見たのもあって、気づいたら頭の中の地理のレベルもだいぶ上がっている。

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※1)
例えば、以下に書いたように、行った場所に関する本の理解度とかが全然違う。

経験のスナップショット/ベストプラクティスの囚人

去年は過去になく たくさんブログを書いたのだが、これほど詳細に経験をスナップショットで残すことには良し悪しがあるかもな。 


1.経験の意味の固定化

記憶というのは変容していくもの。記憶のメカニズムの観点から、あまりギシギシに記憶を固定化することが果たして良いのかというのは謎。

経験の意味というのも時とともに変わっていくもの。 過去に書いたブログは、その時の自分にとっての経験の意味なので、それに全囚われしなくても良い。


2.ベストプラクティスの囚人
過去のブログは、一応私が得た知見が詰まっているのだが、自分の知見(≒ベストプラクティス、以下BP)を作っていくとBPの囚人にもなる。

BPをガシガシに固めすぎると、新しい経験に対するオープン度が減る。BPの囚人になると身動きが取れなくなる。毎日が同じになっていく。
BPのメッシュをどこまで細かくするかという問もある。「旅を細かく記録した=ベストプラクティスのメッシュも細かくなった」なのだが、あまり細かく規定しすぎても使いにくい。


一応BPの囚人から脱する方向性は2つあって、

方向性1)メッシュを粗いほうに戻す

例:「休みの旅の時はAとBとCとDをすると良い」という細かいBPから、「休みはとにかく旅するほうが良い」に戻す

方向性2)1度ベストプラクティスを忘れる

例:「休みはとにかく旅」を忘れて、他の過ごし方をする(あくまで例だが、映画とか掃除とか)

私は基本的にBPを固めるのが好きだが、こういう感じでBPを外していく方向があって良い。
これをやると同じ過ちを繰り返す(例:やっぱ旅行しておけばよかった)こともあるのだが、100%の効率で生きることはできないので仕方ないだろう。


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これって昔からのテーマだよな、と思って調べてみたら、9年前にも似た感じのブログを書いていたし、なんなら似た感じの結論になってしまった。 人間、同じテーマは繰り返し現れるものだ。人は変わるところと変わらないところがあるからな。 一応9年前よりは進化はしていると思いたい。

(9年前の記事↓) ベストプラクティスの檻


2025年1月17日金曜日

物を捨てるのは意志力の消耗がバカにならない(断捨離の話)

2024/12~2025/1に断捨離した感想をまとめておきます。

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旅集中フェーズで色々買っては試した旅関係の服のうち、外したと思うものを半分くらい処分した。ようやく。
服を捨てるのは、労力もさることながら、意志力の消耗がバカにならない。
最近、服のTCOは購入価格の1.5倍と考えるようにしている(5,000円のものを捨てるには2,500円分くらい自分の労力、エネルギー、意志力などが追加で必要になる。あくまで感覚的なものだが)。

今回はメルカリはめんどうくさいので使わなかった。
旅の合間にしても、転職活動中にしても、こんな気が散ることはしたくなかった。
高く売れそうなものがいくつもあれば考えなくもないが、そういう感じでもなかったし。

代わりに服や小物は近所のリサイクルショップにまとめて持って行った。

金のためというよりは、半分以上は捨てる罪悪感を無くすために持っていったので、値段がつかなくても仕方ないと思っていたけど、案外何でも多少は値段がついた

自宅の徒歩圏内にリサイクルショップがあるからこそではあるが、捨てるくらいだったら1度全部リサイクルショップに持って行ってもいいと感じた。
多分有名メーカーの製品は査定用のデータベースがあるのだと思うが、査定の待ち時間もあまりないし。

(ちなみに、以前引っ越しの直前にリサイクルショップに自宅に来てもらって査定してもらったことがあるが、その時は二束三文の査定だった。多分、わざわざ足を運んでもらう手数がかかっているのに加え、引っ越しの直前ではこっちも持って行ってもらう以外にオプションがないので足元見られていたような気がする)

尚、今回査定・買取してもらったのはアウトドア小物・服が多かったのだが、メーカー別の感触はこんな感じ。

・ モンベル・ノースフェース製品
状態などにもよるが大体新品価格の15%ぐらいで買い取ってくれた。高く売れたとまでは思わないが、リサイクルショップ側もリスクを取ってる値付けだと思った。最近はメルカリがライバルだから、このくらいの値段をつけないと持ってきてくれないのかもしれない。

・ アウトドアメーカーその他
パーゴワークスとか山と道の小物は激安or買取不可だった。田舎のリサイクルショップでそんなマイナーなメーカーの在庫を持てないというのはわかる。

・ ユニクロ
ほとんど何でも買取価格10円だった。ユニクロをリサイクル市場でもう1回転させるのは難しいのか。
ユニクロについては、今後はある程度溜まったら全部店頭のリサイクルボックスに投入しようかな。ユニクロ社の方が企業としてうまくリサイクルしてくれるだろうという期待込みで。

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追記)

近年、断捨離する時にオーディオブックを聴きながらやっていたが、これは全く相性が悪いことに気づいた(今さら)。
断捨離ってのは、半分以上頭脳労働(ある程度未来を予測して、物が必要かどうかを判断する)なので、オーディオブックを聴いて違うことを考えながらだと進まない 。唯一相性が良いのは、断捨離に関するオーディオブックだけ。勢いやいろんな判断基準をくれるから。


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細かく物は捨てているつもりだけど、気合を入れて断捨離したのは多分2022年以来。
その時の感想は以下(↓)
6年ぶりの断捨離

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メルカリの話は以前こちらに書きました(↓)。
メルカリは2,000円以上儲かりそうなものだけに


安いものを売るために時間や労力使ってはいけないという方向性は今も同じだが、今はこの時よりはだいぶ基準を上げている。
この時は2,000円利益が出るならやると書いてあるけど、今のようなトランジッション期間中はまずやらないだろう。10,000円で売れそうでもそれが1品だけとかであればまずやらない。1つ出品したために通知が来たり旅行(等)の調整に必要な要素が加わるなんてのは嫌なので。
今後についても、
・ 10,000円以上で売れそうで、出品するものがいくつもある
・ 生活が日常運用フェーズに入っている
・ 基本的に自宅付近にいて旅行に行く可能性がほぼない(今後この条件を満たす時が来るのかが全く分からないが、コロナの時がまさにこれで、メルカリ出品生活と親和性があった)
みたいな状態でなければやらないかも。

端的に言うと、小銭を稼ぐために自分をメルカリのオペレーターにしてはいけない。

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追記)
シーズンが終わった瞬間が一番捨てやすい。例えば、夏物なら秋が一番捨てやすい。そのシーズンに使わなかったものとその理由が何か覚えているから。それが、春になって約1年たってしまうと、去年使ったか使わなかったか、使わなかったとしたら判断根拠は何だったか忘れてしまっており、捨てにくい。

2025年1月4日土曜日

2024年のインプット媒体

 2024年のインプット媒体はこんな感じ。

  • 本(Audible含む)50%
  • ドキュメンタリー映像作品 15%
  • Youtube(主に旅の情報収集) 15%
  • 音声配信 5%
  • その他インターネット 15%

旅に過集中していたフェーズが終わって、本も結構読めた。
情報システムの仕事を始めてしまうと目が疲れてあまり読めないので、旅の後意識的に読んだ。

逆に、旅の情報収集に使っていたYoutubeはあまり見なくなった。

Youtubeを見ている時は流れでネットサーフィンもしてしまっていたが、旅集中フェーズ以降は意識的にインターネットを離れて本を読んだ。

旅の情報収集中に結構気になったのだが、最近ネットでざっくり検索すると、AIが書いたと思われる記事を読まされることが多い。良い情報に当たれるなら人間が書いていようがAIが書いていようがどっちでもいいのだが、No excuseで無茶な旅程を推奨している記事に結構当たったりして、調べものにネットを使うことの生産性が低下している気がする。
それもあって、旅の後は意図的にネットの比率を下げて、本を多めにしてみた。ここに来て本の価値がまた上がってると感じる。

音声配信は3~4年前?コロナの頃(多分その頃流行り出したのかな)聞き始めて、自分の中で少しブームだったが、配分としては減らした(自然と減った)。
当初は発信者本人が話しており親近感も感じられたし、ホットトピックも扱われており楽しかった。
何より、始まった頃はどの発信者も人生経験を全乗せで話してくれていて面白かった。
しかし、当然だが多くの発信者はそんな密度で話し続けることはできない。
正直コンテンツレベル面でのバブルは終わったと感じる。

それから、多くの発信者は原稿などは用意せず話しており、その性質上、論理展開が怪しい場合とか、例が例になってない場合とか、そういうのはいくらでもある。発信者本人の声を聞いてインスピレーションを得るみたいな使い方は引き続きあるが、何かを体系的に学びたいと思った時にメインで使うものではないと感じる。今聞いているのは、限られた一部の発信者のみ。

インプットのインパクトとしては旅も大きかったのだが、旅は準備、当日の行動、旅行記によるアウトプットという総合的な活動であり、旅を「インプット媒体」というのはなんか違和感あるので、上記リストからは外した。

総じて、原点回帰して本の良さを思い出せたし、目が疲れていない状態で本を結構読めたのは良かったかな。

今後も目が疲れすぎない仕事をなんとか見つけたいのう。