2020年12月14日月曜日

鍋ものの運用

私は料理は、カレー、肉じゃが、シチューなどの場合、4食分ぐらい作りだめするので、一食目は人参固めぐらいがちょうど良い。

1食目 固め
2食目 ベスト
3食目 ベスト
4食目 崩れ気味
を狙います。

1食目からベストコンディションにすると、

1食目 ベスト
2食目 ベスト
3食目 崩れ気味
4食目 崩れ気味かつ、味も壊れている
になりがちなので。

ホットクックがあって保温とかも細かくできるので、腐りはしないけど、味の成分が壊れていくんですよね。

髪を短めに切っておくと、1週間後くらいにベストコンディションになって、長持ちするのと同じ原理。

もちろん2~3食分しか作らなければこんなことしなくて済むのですが、手間の問題とかもあるので、現実的にはこういう運用に落ち着いてきています。

ちなみに私の中では、冷凍保存はほぼ選択肢に入りません。小分けにする容器を洗う手間がバカにならないので。

2020年12月5日土曜日

2020年試したロカボ食品




今年の体重

Max64kg ⇒ その後57kg

これでようやく明石に行く直前と同じくらいの体重になりました。
健康診断の記録を見ると、24~35歳の間は55kgキープしていたので、そのあたりまで一度戻そうと思ったのですが、なんか無理でした。どうなってるんですかね。
とにかく体重だけKPIにして落とすことなら出来たでしょうが、筋力も思考力も落ちている実感あったのでやめました。


ところで、減量のためにいろんなロカボ食品を試しましたが、甘味系は結構おいしいです(当たり外れはある)

私は元々甘党ではないので、甘さ控えめくらいが丁度良いのかも。
特にゼリーやプリンは、むしろ普通のやつより美味しく感じます。

気に入っているのは
・ イオンの白桃ゼリー
・ 森永の低糖質カスタードプリン
・ イオンの糖質オフビターチョコレート
です。

逆に、主食の代替系(こんにゃくで作った麺とか、ご飯の半分カリフラワーになってるやつとか)は、全然満足感無くてダメでした。こういう代替品を食べるくらいなら野菜を大量に食べるほうが満足度高いです。
もっとも、小麦や米よりコンニャクを美味しく感じるとしたら身体がバグっているとも言えるので、当然なのかな。 

2020年11月22日日曜日

2020年のDX(デジタル・トランスフォーメーション)



今年は在宅勤務が増えたこともあって、結構自宅のデジタル環境変えてみました。今年やって良かったこと・イマイチだったこと、ご紹介します。

まず良かったこと。

・ Fireタブレットの音読機化
台所に常設して料理しながら本を聞けるように。目が疲れたときも新しい本読めて(聴けて)良い。Fireタブレットは7と8を試しましたが、7はかなり遅いし不安定です。10は不明。最初はecho showでやっていたのですが、タブレットのほうがスピードコントロールできる幅が広くてより良いと思います。

・ YouTubeをEラーニングプラットフォーム化
今年は絵画技法と料理はほとんどYouTubeで学びました。実技系は本よりも動画のほうがはるかにわかりやすいかも。Youtubeなのでとりあえずは無料でもできますが、YouTubeプレミアム登録しないとCM多すぎでやってられないとは思います。あと、これをやるならスピードコントローラーは必須。私はChromeのプラグイン"Video speed controller"を使っています。
Youtubeなので余計な動画も見てしまうのは課題。

ちなみに会社のEラーニングも動画教材が増えて、授業の選択肢がものすごく増えました。タイムリーな内容も増えたし。このことからも、動画から学ぶ時代だな、ということを再確認。

・ 紙の手帳をやめて電子化
Googleカレンダー/Todo/Keepに集約。
過去何度も電子と紙を行ったり来たりしていますが、今までで一番電子がしっくり来ています。まともに動くスマホを持っていることが前提です。遅すぎたりバッテリーが切れがちであったらスマホに集約できない。引き続き紙を使いたくなることはあるものの、スマホに全部集約されているメリットはかなり大きいです。
ちなみに、Evernoteも引き続き使っています。
私の中では

Googleカレンダー/Todo/Keep = 手帳の代わり
Evetrnote = ノートの代わり
です。

・ ワイヤレスノイズキャンセリングイヤホン
音楽よりも音声教材を聞くのがメインなので有名メーカーの物ではなく、1万円弱の安いのにしました(MPOWというメーカーのです)。音声教材を聞く目的であれば全然悪くないです。
なお、これは主に電車用です。歩くときは危ないので骨伝導ヘッドホン使います。

・ ホットクック2台目
デジタル機能はあまり使っていないけど広い意味で。

・ 仕事以外の文字入力の大半を音声入力にしてみた
これは家にいる時間が長くなければできなかったかも。電車の中ではやりにくいですからね。最後文章を整えるのはやはりPC&キーボード中心です。

・ 買い物・旅の手配などをできるだけスマホで完結
これは自分のやり方の問題ですが、これまでPCでしかやっていなかったのをとにかくスマホで一通りやるようにしてみました。
PC世代の私はつい何でもPCでやりたくなるのですが、スマホでやることの幅が増えるほうがより自由かなと思います。


逆に、今年試してダメだったものはこちらです。

・ スマートウォッチ
手にずっと何かが巻き付いてるのは、神経質な私には無理でした。

・ 22インチの液晶ペンタブレット
画面が常にぼやけた感じで目が耐えられなかった。一方、買ったのがだいぶ前なので「良かった」には入れていませんが、iPadを液晶ペンタブレットにするのは最高でした。


以上

・・・ということで、生活に必要なのでいろんなデジタル面での改善は今後もしていきたいのですが、実は今年楽しかったのは、絵、山、料理などのアナログなことだったかも。

2020年11月1日日曜日

2020 自炊





今年は、在宅勤務のおかげと、それ以上に6月〜9月あたり時間に余裕があったことで、これまでで最も自炊できた年になりました。

昔から料理はそんなに好きではなかったんですが、今年はあまりストレスなく作れました。頻繁に自炊していると

・ 当然上達して、おいしく作れる確率上がってくる
・ キッチンが(つまり調味料や道具の配置が)鍛えられてくる

で、ストレス減った気がします。

あと、今までやっていなかったことで、今年始めたことはこのあたりです。こういうのを一つ一つやっていったことでも、ストレスがなくなったと思います。

・ ネットスーパー駆使(置き配サービス始まったおかげでかなり使いやすくなった)
・ 料理中はFire tabletにKindle本読ませる
・ 作り方はYouTubeから学ぶ

なお、私はなかなかの「美味しんぼ」マニアなのですが、今こそ読み直そうかな。

今なら再現できるものもありそう。


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2020/12/11追記

キッチン消耗品の使い方がわかってきたのも、料理が楽にできるようになった要因として大きかったかもしれないです。
例えば、最初は「汚れものをキッチンペーパーでふき取る」とかも知らなく、毎度スポンジが油で汚れるし、洗い物に時間がかかって大変でしたからね。

2020 今年の映画、ここ5年の映画




 今年の映画も振り返ろうと思ったのですが、今年はコロナで映画公開も遅れ(今年の振り返りを始めると全部コロナの話になってしまうな)、あまり映画を見られませんでした。

その中でも一応面白かった作品を並べると、

「スキャンダル」
「フォードvsフェラーリ」
「フリーソロ」
「テネット」
です。

コロナ前に見た最初の3作は、今年見たとは思えない、はるか昔に見た感覚です。
そして、新作ではないけど、ジブリのリバイバルがあったのが最大のトピック。

「ナウシカ」
「千と千尋」
「もののけ姫」
は見ました。

今年の新作は数がないし、印象に残ったものも少ないので、過去5年に広げたらどうなんだろうと思って、過去のログなどを調べてみました。

すると、過去5年もそれほど強く印象に残ったものがないらしい。

元々、このブログは、
「マッド・マックス 怒りのデスロード」 2015
「インターステラー」 2015
「マイ・インターン」 2015
「LIFE!」 2014

あたりを並べて整理しようと思って書き始めたのですが、全部6年以上前だったことに愕然としました。
ということは、ここ5年、これらを(自分の中で)超える作品には出会っていないということか。

なんとか5年以内で面白かったのを並べると
女神の見えざる手 2017
ザ・コンサルタント 2017
ラ・ラ・ランド 2017
レヴェナント 2016
スポットライト 2016
シンゴジラ 2016

あたりが入ってきます。
どうも、2018年以降は映画で(大して)感動していなかったらしい。

これはもしかすると、「最近面白い映画がない」とかいう話ではなく、自分の感性が硬直的になり、新しいものや、現代的な感性に共感しなくなっているからなのでは。

ジブリのリバイバルには足を運んでしまうことから、昔の映画は楽しめるのに対し、最近の「鬼滅の刃」は漫画で早々に挫折してしまうわけだし。

多くの人は、35歳以降新しい音楽を聴かなくなるという話もあるので、自分の中にないものに心を開けるのは、個人差はあるにせよ大体35歳くらいまでなのかも。
もちろん、「心を開ける」「開けない」のゼロイチではないですが、心の柔軟性が年々落ちていくことには警戒したいです。自然の摂理にできる限り抗って、できるだけ新しい映画を見て、音楽を聴いて、漫画を読んいきたいですね。

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余談ですが、ここ数年、ほとんどの映画はインターネット予約しているので、メールにログが残っていて何を見たか振り返るのが容易ですね。

2020 人と会う、本を読む、運動をする、文章を書く

 例年、

・ 人と会う
・ 本を読む
・ 運動をする
・ 文章を書く

がどのくらいやれたか振り返っているので、今年もやります。

まず全体的なこととしては、今年はコロナで在宅時間が長かったことと、6~9月あたり時間的に余裕があったので、前々からやろうと思っていた「絵を書く」「ハイキング」「料理」のレベルアップが出来ました。
なので、総じて言えば私生活は満足。これほど趣味的なものに時間を当てられることはそうそうないので。

では、いつもやっている4観点で振り返ります

<人と会う> ×
今年は、コロナのため社会情勢的に人と積極的に会うのがためわれたので、そんなに会っていません。これはもう仕方ないかな。

<本を読む> 〇
在宅勤務で時間ねん出しやすかったし、余裕がある期間があったので、本はそこそこ読めました。絵をかきながら、料理をしながら、ハイキングをしながら(Fire Tabletに読ませて)聴いた量も結構あります。しかし、特に今年前半はどんな本を読んでもどこか的が外れているような、こんな本読んでいる場合ではないようなでピンとこなく、読書していてもうわの空でした。後半は割と普通に読めましたが。

<運動をする> ◎
今年は夏の登山シーズン(7~9月)時間的・体力的に余力があったので、これまでで一番山に登れました。運動量も山登りを始めた年以来と思います。思えば、その年も仕事がヒマで毎週のように登っていたよな。
という過去の経験から考えると、少なくとも私の場合は仕事に余裕がなければ満足に山には登れないし、運動もそうそうできないということが言えそうです。

<文章を書く> ×
読書に集中できなかった理由と同じで、今年前半は何についても考えがまとまらずあまり文章を書けませんでした。
断片的な思い付きは結構メモしてあるので、また来年以降まとまってきたら出来るだけ文章化しようかとは思いますが。
なお、その断片的なメモは大半は音声入力で取りました。文章を整えるのやっぱりキーボードがないと厳しいですが、思いついたことを一番素早く記録に残せるのはスマホの音声入力かなと思います。


ということで、例年やっている4つの観点での振り返りでした。
今年は特殊すぎて、この4観点で振り返ってもやはり的を得ていない感じがするので、その他に時間を投入できた

・ 絵を描く
・ ハイキング
・ 料理

についても、また別途まとめようかなと思います。

2020年10月27日火曜日

2020 面白かった本

 今年ももう終わりそうなのでまとめに入ります。

とりあえず「今年読んで面白かった本」
今年前半は社会状況がコロナ過ぎて、どんな本を読んでもどこか的が外れているような、こんな本読んでいる場合ではないようなでピンとこなく、読書していてもうわの空でした。後半は割と普通に読めましたが。
順位をつけるのは難しいのでただジャンル別に列挙します。
<冒険・アウトドア系>
・ そこにある山(角幡 唯介)
・ 北緯66.6(森山 伸也)
・ ユーコン川を筏で下る(野田知佑)
<美術系>
・ 風の谷のナウシカ 宮崎駿水彩画集(宮崎駿)
・ 絵はすぐにうまくならない(成冨 ミヲリ)
・ 世界の中で自分の役割を見つける(小松美羽)
<他>
・ なんで僕に聞くんだろう(幡野広志)
・ 村上世彰、高校生に投資を教える(村上世彰)
・ お金の真理(与沢 翼)
・ あなたの体は9割が細菌(アランナ・コリン)
・ アフターデジタル2(藤井 保文)
※ 角幡氏、幡野氏の著作は他にも読みましたがどれも面白かったです。
※ 与沢氏がかなり真っ当になっているのが意外でした
※ 村上春樹の新作も読みましたがツボではありませんでした

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この他、「騎士団長殺し」を再読できたのも非常に良かった。ずっと再読したいと思っていたので。

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追記
順番はつけられないと言いつつ、一番面白かったのは上述の「そこにある山」かな。
山だけでなく、旅行も、絵を描くことも、やればやるほどやりたいテーマが見つかって次につながっていく・・・と思っていましたが、その解像度がかなり上がりました。

そして、この本は角幡版「騎士団長殺し」だと感じた。もしくは「騎士団長殺し」は村上春樹版「結婚と冒険」と言うべきか。 「騎士団長殺し」も多分に「結婚」と「事態」が描かれています。四十歳が人生のピークってのも同じ。

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さらに追記
このまとめを作った後読んで面白かった本

ひとり酒、ひとり温泉、ひとり山(月山 もも

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2020年10月3日土曜日

2020のベストプラクティス ネットスーパー




今年始めたベストプラクティスの一つはネットスーパーを駆使すること。 今までは直接在宅にて受け取る必要があった(=平日はまず受け取れない)のであまり使っていなかったのですが、イオンが玄関の前に置いていってくれるサービスを始めたので一気に使用頻度が上がりました。 最初はそれでも「行く方が早い」と思うこともあったのですが使えば使うほど、「お気に入り」が鍛えられて、数ヶ月後には買い物にかかる時間が大幅に減りました。 閉店間際の激安の惣菜とか買えないし送料もかかるわけですがメリットは遥かに上回っています。 そのほかの点も含めて、メリット/デメリットまとめるとこんな感じです <メリット> (1) 買い物にかかる時間削減 (2) 重いものも大きいものも持ってきてくれる (3) 冷蔵庫やシャンプーの在庫を見ながら注文できる <デメリット> (1) 注文から到着までのバッファ(うちの場合は翌日~翌々日配送) (2) 激安惣菜買えない (3) 配送料かかる (4) 成分表示細かく見られない (5) お気に入りから注文することが多いので同じものを買いがち (6) 「現地に行くことで出会う/実物を見ることで思いつく」が無い 最初は賞味期限を見られないのも気持ち悪かったですが、経験上は賞味期限切れに近いものを押し付けられることはまずないのでデメリットとは感じなくなりました。 あと、野菜などで小さい個体を押し付けられることもまずないです。小さいものしかない場合は2個入っていたりします。 慣れればメリットがデメリットをはるかに上回るなというのが感想です。 ただ、あらゆるネットショッピングに共通するデメリットですが、デメリットの(5)≒(6)を回避するために実際スーパーにも行きます。「現地に行くことで出会う/実物を見ることで思いつく」、スーパーだけでなく、本屋にしても、アウトドアショップにしても、何にでもあるんですよね。


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2020/10追記

イトーヨーカドーも配達範囲なのですが、置き配が無いので使っていません。 2店あると品ぞろえのカバー範囲がかなり増えるので便利なんですけどね。 2022年(だいぶ先だな)から本格稼働するらしいので、それに期待するか。

2020年9月24日木曜日

登山靴のクッション性と負荷分散


 

最初のトレッキングシューズ(画像左)を買ったのは6年前くらい前です。

※その時のエントリはこちら
頭の中で裸で踊る: トレッキングシューズ探し1 デザインが気に入っても縁がない靴 というのもある: この1ヶ月くらいで、トレッキングシューズ(軽登山靴)を何足も履いて靴を買いました。 ...

トレッキングの趣味が定着したのは、足にジャストフィットするこの靴を見つけられたのが大きかった気がします。今思うと。
しかし、浸水するようになってきたのと、底もすり減ってきたので、昨年末新しいのを買いました(右)。
5年使った靴を替えたので、最初は違和感が先に立ってしまいましたが、泊りで薬師岳に行ったあたりで慣れました。
靴が柔らかく馴染んでくるというよりは、雨だったり、急な下りだったり、いろんなシーンで履くことで紐の締め方とかがわかってきます。

そして、その後新しい靴が乾かないタイミングがあったので、一度また古いほうを履いてみて気づいたのが、
「靴底のクッション性が全然違う(新しいほうがクッション性高い)」
あと、
「(今まで違和感なく履いていた)古い靴は、足の裏がすぐ痛くなる」
ということです。
クッション性が無いと足裏に負担かかってるんですね。
クッション性は選ぶ際のポイントにしていなかったし、新しいほうだって大してクッション性高いほうではないので、少し意外でした。
確かに古い方の靴は足裏感覚を大事にしており、あえて靴底を薄くしてあるタイプではありましたが。
靴によって、足のどこに負担がかかるか、けっこう変わるものですね。
総じていえば、新しい靴のほうが、長時間歩行に耐えられそうな気がします。

こうなってくると、よりクッション性の高い靴も試してみたい。
最近、HOKAの登山靴を扱う店がけっこうある(流行ってるのかな?)、試着してみようかな。
ただ、山ではあまりHOKAは見かけない気もするけどどこで履いてるんだろう?

少し気になるのは、最近魚の目ができたこと。
新しい靴が当たっている感じはしないのですが、タイミング的には怪しいです。
今のところ歩行中の痛みとかは無いので、もうしばらく様子見かな、これは。

何足も持つのは一見無駄ですが、靴によって負荷がかかる場所が違うとしたら、2足くらいを交互に履ければ負荷分散できそうだし・・・・・・
などという言い訳をしつつ、買ってしまおうかな。

しかし、今年はアイゼン対応の靴も欲しいし、靴がどんどん増えてしまうな。

ちなみに、靴を選ぶのって結構エネルギーと時間使うんですよね。
服やザックなど、ほかの道具に比べるとフィッティングがデリケートだし、結局歩いてみないとわからないというところもあるし。
一つ言えるのは、試着の時点で明らかに違和感ある靴はダメということ。「多少馴染むのでは」と期待するより、試着の時点でさほど違和感ないものを探すべきです。

2020年7月2日木曜日

自炊の生産性



外食が値上がりしているので、自炊するメリットがどんどん上がってきた。
昔は野菜を取ろうと思ってリンガーハットもよく行ってたけど、最近餃子つけると1,000円超えるからね。これならカット野菜で自分で焼うどん作って野菜とりたいわ、という感じ。
自分で料理できれば、割高なものを食べる機会が減るから、食事のトータルコストパフォーマンスは当然上がる。
外食する方が安い物ってのは、依然ある。
自分で作るのが難しい・面倒くさい料理もある。
旅先で食べてみたい郷土料理とかもある。
そういうのは存分に外食すればいい。
オプションが増えるというのが大事。
料理のレパートリが増えるというのは、オプション性が上がるということ。
自分で簡単においしく作れるものは外で買う必要ない。
糖分、塩分。油もコントロールできる。
栄養も選択的にとれる取りやすい。

先日のマッサージの話と一緒なんだけど、料理を上達するにしてもスラック(心身の余裕)が必要だなと思う。
疲れ果てていたら、外で、美味しいと分かり切ったものを食べたくなる。
行動範囲、レパートリー、技を広げるためにも、やっぱり余力を作り出さないといけない

最近、「余裕が無い」って話ばっかりだな・・・

2020年7月1日水曜日

マッサージ・整体は「果ての国」



マッサージや整体(以下まとめてマッサージと表現)ってタレブ的に言う「果ての国」です。
上手い人と下手な人(合う人合わない人)で、効果に莫大な差があるという意味です。
だからマッサージって合う人を見つけるってのがかなり重要になります。
コロナでの自粛中、ジムもサウナもない、マッサージもない状況で肩こりが今までにないぐらい深刻になりました。
一応近所で鉄棒したりYouTubeを見てヨガをしたりと改善に努めたのですが、やっぱり毎日肩こり・痛みが蓄積していった感じです。
そして自粛明け、今まで入ってたマッサージ屋さんはすぐに開業しなかったので、近所のマッサージの新規開拓をしてみました。
やったことは、短時間・複数のマッサージ屋さんを試して、自分に果ての国レベルでヒットするマッサージ師を探したということです。
例えば1軒60分でお願いするよりは、2軒30分ずつお願いするみたいなやり方です(面倒くさい客だとは思いますが、良いと思ったら通うのでご容赦いただきたい)
「果ての国レベルのヒットを見つける」という目的意識でも無いと、面倒くさくて1か所で60分お願いしちゃいますからね。
結果、最寄り駅付近で今後お願いしたい方を複数人見つけることができました。
生活の生産性が上がった感じします。

別のポイントですが、Webで予約できるところは格段に行きやすいです。
いくら上手な方でも出勤の不定期で当日電話しないと予約状況が分からないとなると、休日の予定立てにくいですからね。
そういう方は、電話してたまたま空いてればラッキーぐらいでは考えています。
予約できるところで、かつ合う人を見つけると、生活の生産性が非常に高いです。
仕事終わりとか、休日の絵画教室の後とか、行くのにベストなタイミングって限られているので。

ちなみに、マッサージの合う合わないもしくは上手い下手と値段ってあんまり関係ない気がします。
上手い人は安い店にも高い店にもどっちもいます。
高いほど店の雰囲気はゴージャスになると思いますが、今のところそれは求めていないです。
なので「安い」かつ「インターネットで予約できる」の方針で探しました。
最近はホットペッパーで予約できる店が増えてきたので便利です。

とりあえずコロナのおかげで近所で合うマッサージ師が何人か見つかったので、これも一応怪我(コロナ)の功名と捉えています。

もしですが、次に新しい土地に引っ越したら同じことしようかなと思ってます。
つまり1軒30分色んな店を試して、自分に果ての国レベルで会うマッサージ師を探すということです。

合う人に30分やってもらうのは、そうでもない人に60分やってもらうよりも効きます。
なので、実は合う人を何人か最初に見つけておくことは、トータルのマッサージ代が減って、コストパフォーマンスの改善にもつながります。

好きな映画にくらい気づくアンテナ&余裕は必要




最近ジブリの映画が映画館でリバイバル上映しており、とりあえず見たい作品は全部見ました(ナウシカ、もののけ、千と千尋)。
どれもとてもおもしろかったです。

それは良かったのですが、実は「千と千尋の神隠し」は4年前もリバイバル上映していたらしい。
それには全然気づかなかった。気づいていたら絶対見ていたはずなのに。
気づかなかったのは多分、仕事が忙しすぎたからということと&好きなものにちゃんとアンテナを張っていなかった、ということだと思います。
・ 好きなことはちゃんと体験できるよういつもアンテナを張っておく
・ いつも余力を残し、チャンスはつかめるスケジュール・コンディションにしておく
のは絶対必要だと思いました。

2020年6月29日月曜日

時給換算&無収入生存期間換算

支出・アクションを時給換算するということを、昔からやっています。
よくある行動シナリオ、例えば
・ 映画館鑑賞料+電車往復
・ 最寄駅から新宿に特急で往復
・ スターバックスでドリップコーヒーS
などを時給換算(それぞれするために何分働く必要あるのか)という表を作って管理しています。
私の場合、昇給したらアップデートされるよう関数を入れてあるのですが、細かいことを考えることが目的ではないので、今からやる人は、1時間2,000円、3,000円、4,000円など霧が良い数字で考えるほうが良いかもしれないです。特に暗算が苦手な人は。

最近、その表に「無収入生存期間」欄も追加してみました。
映画を見ると、新宿に行くと、スタバに行くと、無収入生存期間がどれだけ減るのか、がわかるようにしました。
概算でを把握することが目的なので、1日10,000円で計算しています。
(東京に引越したらもう少し上げるかも)

まだ年齢的にも節約して無収入生存期間を増やすよりは、稼いで増やした方がいいとは思っていますが、これが頭に入っていることで、よりリーズナブルな代替手段を選択することが多くなったかなと思っています。

少し前車も買うか検討していたのですが、「2年半ぐらい無収入生存期間が減る」と可視化できて、より迷いなく買わない結論出せました。

私は単純な四則演算であれば暗算できるほうなので、店頭で概算で計算できなくもないですが、家で表をみながら習慣を検討しなおすというのはまた違うので、今後もアップデートしていこうかなと思っています。

2020年6月22日月曜日

「自分は強い」という自己欺瞞

コロナ禍になる前、「あそこに旅行したい」「あの山に登りたい」みたいなのがいっぱいありました。
でも最近、無理して「遊ばなきゃ」という気持ち減ったかもしれないです。
当然「今は遊べる時期じゃない」とわかっているからだけど、もしかしたら、周りの人も遊んでいないから欲望が刺激されない、というのもあるのかも。
人と比べていたつもり無い(むしろ周りがどうあろうと関係ないと思ってた)んですが、そういうところはやはりあったようです。

最近の自粛要請で
「私は引きこもり耐性強い」
と思っていたのが、覆されました(やっぱり外に出歩くほうがうんと楽しいです)。
この時にも思ったのですが、無自覚に
「自分は大丈夫」「自分は強い」
と思ってしまうのは、ある面では必要でしょうが、ある面では自己欺瞞につながるなと思いました。

自分は
「人と比べて余計な欲望を掻き立てられたり、劣等感を刺激されたりする」
と、自己認識を改めておきたいと思います。

2020年6月19日金曜日

ノイズ・コントロール

ひと月くらい前、Twitterでレスバトル・炎上を生業にしている方をフォロー外しました。
そういうのを見るのに急に嫌気がさしたので。
結果としては、Twitterのタイムラインがだいぶすっきりしました。

急に嫌気がさした理由は、多分
・ コロナのせいでただでさえノイジーなのに、それ以上ノイズを入れたくなかった
・ レスバトルしている人の多くもコロナで混乱している感じがした
だと思います。

ただ、
・ 世の中が多少落ち着いてきた
・ 自分も慣れてきた
せいか、多少ノイズもまた受け入れられる感じにはなってきました。

ノイズを消そうとするときりがないし、新しいことできないので、ノイズはコントロールしつつ、多少ノイズがある中で、またいろんなこと試していこうと思います。

2020年6月17日水曜日

「騎士団長殺し」メモ追加



先日、騎士団長殺しの記事を書きましたが、さらに続きです。

騎士団長殺しで気になったフレーズなどを、メモっておきました。
多少カテゴライズして、最近読んだタレブ・角幡唯介氏との共通点も感じたので、書いておきました。
(あまりカテゴライズしすぎるのも本著の趣旨に反しているような気はしますが)
個人的なメモですが、ご興味がある方はどうぞ。

<自分の意志・能力を越えた事態>
・ そうしなければならなかった
・ まずこの案件を片付けてしまわないことには、何ごとによらず先に進められそうにない
・ 世の中には、偽装した祝福もあるし、その逆のものもある
・ 大胆な転換が必要とされる時期が来たら、素早くその尻尾をつかまなくてはならない
・ 自分一人だけでは処理しきれないとき、誰かに相談する必要がある
・ 質問はすべて繰り返しにすぎず回答はゼロのままだ
・ 私が人生を単純化しようとすればするほど、ものごとはますますあるべき脈絡を失っていく

※ ものごと全てを意志で決められるわけではないという話は、「冒険も結婚も事態である。事態に飲み込まれながら物事が決まっていく」とする角幡唯介氏の話と共通しているなと思いました。


<生成>
・ これはただの始まりにすぎないのではないか
・ 時間というものを信用しなくてはならない
・ むしろ失ってきたもの、今は手にしていないものによって前に動かされている
・ 私はもう後に引き返すことができなくなっていた
・ 時間が奪っていくものもあれば、時間が与えてくれるものもある
・ そこには少なからざる犠牲と、厳しい試練が伴うことになる。犠牲を払うのはイデアであり、試練を受けるのは諸君だ。
・ このほかに方法は一つもあらない。贅沢を言っている余地はあらないのだよ。
・ わたしの役目はおまえを向こう岸に渡してあげることだ。それより先のことはわたしの職分ではない。
・ 血は流されなくてはならない
・ 現実の世界にそのまま永続する姿かたちなんて何ひとつない
・ 物事を中途半端にやめるわけにはいかない

※ 人生は、固定的なものではなく、絶えず揺れ動いていて、何かを失うから何かを得る。得続けることはできない。トレードオフ。この動体を味方にしなくてはいけない・・・というニーチェ的価値観。これも角幡氏が(ニーチェを引用しつつ)そんなことを言っていたのを思い出しました。

<現実と認識>
・ 自分が昨日おこなった仕事を、今日の新たな目で評価しなおす
・ 昼の光の下ではものごとはまた違って見える
・ 物事の良い面をみるようにしろ
・ 目に見えるものが現実だ。判断はあとですればよろしい。
・ しっかりと目を開けていても見落としていることがたくさんありそうだ
・ 私の視野にはきっと生まれつきの盲点のようなものがあるに違いない
・ 客観が主観を凌駕するとは限らない
・ 真実とはすなはち表彰のことであり、表彰とはすなはち真実のことだ。そこにある表象をそのままぐいと飲みこんでしまうのが一番だ。そこには理屈も真実もない
・ ザルを水に浮かべることは、なにびとにもかなわない
・ 私はこうして実物を手にしているのだ。そのうえどうして比喩なんてものが必要とされるのだろう?
・ 記憶はいくらでも再構成される。その時見たものを書き留めておくのには意味がある
・ 床に落としてみて、割れた方が卵だ
・ あれではとてもイルカになれない(全てを論理で結び付けようとする思考の働きから逃れられない、という意味か)
・ この人生にはうまく説明のつかないことがいくつもある。また、説明すべきではないこともいくつかある。とくに説明しまうといちばん大事なものが失われてしまう場合には。
・ 晴れて自由の身になった。せっかくだから、そろそろ何かひとつくらいバカげたことをしたっていいんじゃないか
・ いつだって筋の通ったことをしている。たまにはそういう抑制を解いたほうがいいんじゃないか?

※ 認識は間違える。後付けの説明は欺瞞である、といのはタレブ的だなと思いました。
現実は無限に複雑で、後から論理で説明するといろいろ抜け落ちるし、その抜け落ちた部分からブラック・スワンが登場するのです。

・・・・・・
ここから先は、タレブ・角幡氏関係なく、私が気になったフレーズなどのメモです。

<石室>
・ 石室を開けたことで何かを得たはず
・ 「考える」という行為そのものに飲み込まれてしまった
・ (石室の中に)これ以上いるのは危険すぎる
・ 壁はもともと人を護るために作られたものだが、高い強固な壁は人を無力にする

<好奇心>
・ 好奇心というのは常にリスクを含んでいる
・ 好奇心には金がかかる

<他>
・ よし、今が時だ
・ ぼくは昔からだいたい同じようなことをしてきた
・ いつまでこんなことを続けていたところでどこにもたどり着けない
・ 山の中で立ち往生しているよりは流れに流される方が気が利いている
・ 文明の利器が働かないときは、太鼓と猿による通信を試してみるのも良いかもしれない
・ 人には知らないでいたほうが良いこともある
・ それは私が今ここで、何とかしなければいけないことなのだ
・ 諸君はいったい何なのだ?と問われたら随分戸惑うだろう
・ 正しい色を作るのには時間がかかる
・ その返答は先延ばしにしろ
・ そろそろここを引き上げた方がいい
・ ものごとから不自然な要素を取り払え
・ 宿痾。治しようもないろくでもない体質的傾向
・ 深い森の中からようやく抜け出そうとしているみたいだ。その流れを大切にしたほうがいいぜ。
・ 私はここのところ、見当違いなことばかりしているみたいだ。
・ 私の筋肉は自分でも気づかないうちに、あちこちで固くなっていたのかもしれない
・ 官僚制システムでは、いったん何かを決めてしまうと、変更することがほとんど不可能になる
・ 人の首をはねるのに慣れる人間も少なからずいる
・ 我々は時間と空間と蓋然性に縛られて生きている。上下四方を固い壁に囲まれて生きているようなものなのだ。
・ 私は普通の人間ですと自己申告するような人間を信用してはいけない
・ それで、その話のポイントは何なんだ?
・ メタファー通路で順序を誤れば、とんでもないところに行き着く
・ 思考は暗闇の中で、意味を欠いた方向に際限なく伸びていった。あるいは方向性のない方向に、というべきか。
・ 道を決めるのはあなたご自身です。
・ 心をしっかり繋ぎ止めなさい。心をふらふらさせたら、二重メタファーの餌食になってしまう。
・ まったく正しいこととか、まったく正しくないことなんて、果たしてこの世界に存在するのか
・ よく耳を澄ませ、よく目をこらし、心をなるたけ鋭くしておく。それしか道はあらない。
・ 勇気がある、賢い人でなければならない
・ 演技をがんばってやり通すしかない
・ 荒ぶる荒野に身を置いても、どこかに私を導いてくれるものがいる

2020年6月15日月曜日

自己欺瞞には自覚的に「人が自分をだます理由」

「人が自分をだます理由」
という本を読みました。

「本心」と「自己欺瞞」を区別するってのは、昔よく考えていたテーマです。
社会人になってしばらくしたら自然とこのテーマは消えましたが、この本を読んだら微妙に思い出してきました。

読んで思ったのは、やはり自己欺瞞と本心を完全に区別することは出来ない、ということです。
何か「純粋な本心」みたいなものがある想定で、それをあらゆるノイズから完全に切り出そうとするとどこまで行っても答えは無いし、社会生活をするうえで自己欺瞞なしに生きようとするのはかえってキツいです。

ただ、自分がどんなメリットを得るために自分をだましているかには自覚的になるほうが良いと思いました。

理屈の限界にどう対処するかー「騎士団長殺し」&「ブラック・スワン」再読



ずっと再読したいと思っていた「騎士団長殺し」を読めました。
ついでに、タレブの「ブラック・スワン」も途中まで読めました。
紙の本をこれだけ読めたのは久しぶり。
目の周りに違和感があって紙の本(=文字を拡大できない)は敬遠気味だったので。
せっかく読めたのでメモを残しておきます。

タレブの「反脆弱性」もそうだったのですが、こういう大作(というかポイントが多い本)は感想を一つの記事にまとめるのは難しいので、気になったことだけメモする感じです。
(初読時の感想は一応書いているので下にリンクを張っておきます)
多分ここでの気づきが、時間がたつと、ほかの記事などに組み合わさって、まとまっていくはず。

<理屈では読み切れない世界>
村上春樹の世界観(問題意識)の一つは
「理屈ではたどり着けない世界がある。そういう世界に触れないと納得できる人生は無い」
ということでしょう。
そして、村上春樹の答えは、そういう世界には
「感覚・直感・本能を研ぎ澄ませることでたどり着く」
ということだと思います。
だから主人公は仕事に追われていない状況で、定期的な運動、面白い人物との交流、おいしい食べ物、素晴らしい音楽、セックスで感覚などを研ぎ澄ませた状態で、何かが起こるのを待つわけです。
ある意味主人公は自分を過度に大事にしているので、読んでいるとかなりナイーブな気持ちになります。
(正直、仕事が忙しい時に読むものじゃないと思います)

<タレブの場合>
ブラック・スワンのタレブも、「理屈の限界」「理論の限界」を指摘している一人です。
でも、その問題意識・答えは村上春樹とは次元が違って、
「世の中は複雑・ランダムで読み切れない」(問題意識)
「予測・理論の中に登場しないブラック・スワンに全部持って行かれる」(問題意識)
なので、
「予測を捨てて、ランダム性に耐えられるようオプションを持とう」(答え)
といっています。
ちなみにタレブはかなり神経が太い方と思われ、自分を過度に大事にしておらず、読後感はまるで違います。

<MECEに切れば全部解決するわけじゃない>
最近、自分自身「理論の限界」「理屈の限界」を感じているから、こういう本に心惹かれるのかもしれないです。
「騎士団長殺し」で起こるブレイクスルーって、全てを因果で説明しようとするビジネスノウハウとは対局のところにあると思うんですよね。
こんなブレイクスルーはめったに起こるものではない、と言えばそれまでですが。

MECEに分解して策を講じれば何でもかんでも解決するわけではない。
でも最近ビジネスの現場で起きているのってこれじゃないですかね。
私はロジカル・シンキングとか、問題解決技法とか、かなり好きだし素晴らしい技だとは思っていますが、同時にこれで全部いけるわけではないとも思います。

世の中や人間は二次元的なものではなく、複雑(三次元的)で、時間によっても刻々と変化していく(四次元的な)ものなので。
MECEで二次元的に切ったところで全部の問題が解決できるわけではないのです。


・・・・・・
なお、2度読んでも、「スバル・フォレスターの男」「二重メタファー」がわかりませんでした。
わかる日が来るのでしょうか。


個人的に気になった個所をこちらにメモしました
https://yusuke-remanore.blogspot.com/2020/06/blog-post_17.html


初読時の感想はこちら
http://yusuke-remanore.blogspot.com/2017/04/blog-post.html





2020年1月5日日曜日

2020 今年の抱負の前に長期目標


2019年は、四字熟語で表すと「体調不良」でした。
(私の周りで、体調不良を訴える友人が多かった印象です。そういう年齢に突入したということでしょうか)
2020年の抱負もいくつかは決めましたが、まだ全部決め切れず、久しぶりに次の5年~10年くらいどうしようか考えてました
あまり先のことなんて分からないですが、多少長期的なイメージが無いと漂泊するばかりになりそうなんですよね。


2016~19あたりは目の前の現実に対応するばかりだったので、あまり真面目にやっていなかったのですが、昔は長期目標を分解して短期目標に落とし込んでいく、みたいなことを考えるのが好きでよくやっていました。

それはそれで、途中で長期目標が時代と整合しなくなって意味を失ったりとか、そもそも興味がなくなったりして複雑になるので、課題はあるのですが、やっぱりある程度の長期目標(そこまで具体的なものでなくても、長期イメージでもよい)があるほうが良いのでは、と思います。

もし遠い未来のことはわからなくても、若いうちにやるほうがいいことはわかります。
あと、健康を維持しながら動ける量が変わってきた気がします。
その観点で、優先順位とか見直そうかな。
そのうえで、今年の抱負は別途まとめます。