2015年5月31日日曜日
なんだかんだでサンクコストにとらわれていないか?
橋本でマカダミアナッツフレーバーコーヒー。
ああ、なんか平日から優雅。
(例によって、休日まとめて投稿していますが書いたのは平日です)
近所の、中学生だらけのミスドとはだいぶ気分が違う。
買い物にきたついでに寄りました。
橋本までくれば結構いろいろある。
平日ここまでくると、上溝に住んでいる意味ないな・・・
ということが頭を過ぎってしまった。
これは、「サンクコスト」にとらわれた発想でした。
サンクコストというのは、「過去の投資で、そこで投資を止めても帰ってこない費用」のこと。
サンクコストが気になって、投資の引き上げ時期を見誤ることがよくあるとされています。
つまり上溝に引っ越してきた費用と労力はサンクコスト。
これを正当化するために上溝に籠ったり、上溝にいる期間を長引かせてはいけないわけです。
上溝に住んでいるメリットを活かす方がよい、という、状況を活かす発想がいらないという意味ではありません。
むしろそれが私を新しい世界に導いてくれる。
「せっかく上溝に住んだから、いっぱい寝よう」
「せっかく上溝に住んだから、あいている時間でいっぱい本を読もう」
「せっかく上溝に住んだから、上溝の飲食店を制覇しよう」
このように、「せっかく○○したんだから」の合言葉が、その時にしかできないことをする原動力になるならOKです。
しかし、「せっかく○○したんだから」の合言葉はなにかをやらない理由とか、良くない状況を継続する理由にも使われます。
「せっかく上溝に住んだから、平日は橋本には(都内には)いかないでおこう」
「せっかく引っ越したからもうちょっと様子を見よう」
みたいにね。
過去の決断・費用・労力を正当化するために、今ベストの選択ができないのはサンクコストにとらわれているってことですね。
過去の投資とともに自分が沈んで(=サンク)行かないように気をつけよう。
・・・
2016/9/28追記
明石に行った後も、これに囚われないように注意します。
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